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(40)両論併記は公正か?

ホロコースト否認論というものをご存知でしょうか?ナチスによるユダヤ人大虐殺は連合国による作り話であるというような馬鹿げた陰謀論です。友人のブログブログ記事では右翼で有名な高須院長がホロコースト否定論を主張したことに対して、彼ら否認派の原動力とは何かについて考察をしているのでそちらも一読頂ければと思います。興味が湧いたのでホロコースト否認論のロジックの嘘について真面目に勉強しようとしたのですが、ググればわかる程度の穴だらけの主張のようなので勉強する気すら失せました。こんな安い論法に騙される人間はいるのかと思いますが、中身ではなく騙しの手法の問題なのだと以前書いたニセ科学に関するブログ記事を読んで頂ければ理解していただけると思います。

今回自分が考察したいのはこのような言論は「思想の違い」という一言で片付けられるべきことなのでしょうか?ホロコースト否定論と戦ったリップシュタット教授は「嘘と事実を同列に扱ってはいけない、報道機関もなんでも両論併記をすれば良いと言うことではない」と朝日新聞のインタビューに答えました。福島での放射線問題に対して未だに「放射線の被害を訴えている住民もいる」などといった両論併記をし続け、福島程度の放射線では健康に影響が出ないという紛れもない科学的事実から目を背けている朝日新聞に対する皮肉にも思えます。

思想の違いや言論の違いを尊重するというのは荒唐無稽な主張も公正に同列に取り上げるべきということなのでしょうか?太陽は東から上るという事実に対して「いや西から上る可能性もある」という主張をしてくる人間がいるなら両者を同列に扱って報道する必要があるでしょうか?これを考察するにはデマやフェイク情報の害というのを正確に捉える必要があります。

多くのデマやフェイクは集団に対する人権侵害に繋がります。ホロコースト否認論は犠牲者の命に対する侮辱、ユダヤ人に対する民族的な差別の目を向けることに繋がりますし、放射線危険論は福島という特定の地域に対する穢れ思想に他なりません。デマやフェイクを主張し、拡散することは知性(?)の仮面を被ってヘイトスピーチをするかのような卑劣な行為です。特定の人種に対する個人的な嫌悪感を集団にぶつけているヘイト集団の方がまだマシです、そちらも卑しすぎますが。また、軽い気持ちでそれを拡散する行為はデマやフェイクのタネをばら撒くという行為にも繋がり、新たな人権侵害の芽を育てることに繋がります。漫画家の井上純一は陰謀論者やニセ科学者にとってデマやフェイクは100人のうち数人が引っかかれば儲けモノなので、根拠は何であれ話題となっただけでも勝利と漫画で考察しているように、フェイク情報は体内に入って悪さをするだけでなく更に周囲に害を及ぼす感染ウイルスのような側面を持っています。軽い気持ちで扱うことの危険性を十分に把握しなければ知らずのうちに他人の人権を侵害することとなるでしょう(特に朝○新聞)。

余談ですが、これらの荒唐無稽な主張をする輩に対して言論を封殺するという行動はマイナスでしかありません。以前書いたブログ記事で主張したように、不当な圧力を受けたという口実を与えるだけとなり逆にそれを陰謀論者に利用される可能性があります。(友人のブログブログ記事 でも同様の主張が展開されています。)無駄な労力がかかってもただひたすらに、デマはデマ、フェイクはフェイクだと声高に主張し続けるより現実的な対応策はないのかもしれません。ウイルスの根絶を考えるより、ワクチンを徹底することを考えて行動していくという感じでしょうか、そういえば反ワクチン思想というヤバイ代物もありましたね。日本滅亡の一つのストーリーはフェイク情報ウイルスのパンデミックと予言してみたいと思います。

2019/07/07